【あらすじ】
「予感めいたものなど何もなかった」
自動車部品メーカーで働く40歳の杉田平介は、
妻 直子と小学5年生の娘 藻奈美と3人で幸せな生活を送っていた。
そんなある日、従兄の告別式に長野県へ向かっていた直子と
藻奈美の乗っていたスキーバスが運転手のミスで事故に遭ってしまう。
娘を庇うために下敷きになった直子は死んでしまい、
奇跡的に娘の藻奈美だけが瀕死の状態からよみがえる。
しかしよみがえったのは、
藻奈美ではなく、藻奈美の体の中に憑依した直子だったのだ・・・・。
外見は小学5年生だが、魂は主婦そのもの。
この現実にどう立ち向かっていくのか。
その日から、平介と直子の「秘密」の生活が始まっていく・・・。
【感想】
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本当に本の中に引き込まれていくような感じで
あっという間に読んでしまった一冊でした。
この作品は本格的な推理小説ではないんですが、
主人公の平介と直子の心理描写がすごく細かく描かれていて、
ページをめくる度に次はどうなるか、どうなるか・・・と
展開を推測しながら読める作品でした。
ラストは辛すぎる結末ですが、
そこに読み終わった後の虚無感や喪失感などはありませんでした。
死んだ人が実は死んでいなくて、
別の身体の魂に乗り移ったという話はよくある話で、
この作品も、死んだ直子が藻奈美の体に乗り移るという
日常茶飯事ではあり得ないSFの世界なのですが、
この状況に苦しみながらも、
前向きに一生懸命生きようとする夫婦の姿に引き込まれていきます。
この本は平介の視点から描かれた作品ですが、
私はどっちかというと直子の、女性の視点からこの本を読んでいました。
直子の強さ、そして弱さ、苦痛、究極の選択・・・
直子は戻ってこない死んでしまった人生のことは考えずに、
娘の藻奈美としての人生を全うしようとします。
自分の娘には、後で後悔する人生を送ってほしくない・・・と思って、
今やれることを全力でやろうとする。
私立中学に入るためにそれまで使ったことのなかった頭を
フル回転させ受験勉強に挑み、見事合格し、
その後は医大に入りたいからという夢を立て、また受験をして進学高校へ進む。
高校へ進んだ後は、テニス部に入りクラブ活動に
精を出しながらも熱心に勉強を続ける。
それは自分の生前の生き方がなんとなく生きてきた人生だったから。
学校は短大まで卒業したけど、自分の身についていることは何もなかった。
自分の力でお金を稼がなくても夫がいるから安定した生活を送っていける・・・
けど、実は心の中ではそんな自分の人生に後悔をしていたのです。
この直子の考えよく分かります。
私は今までの自分の人生を後悔したことはないけど、
もしもう一度やり直せるなら、
学生時代もうちょっと一生懸命勉強しておけば良かったかなって思います。
特に大学の時は海外旅行にいくために
アルバイトばっかりして勉強はほんとにやらなきゃいけない時だけしかやらなかったし・・・。
まぁ、その時はその時で将来のことも真剣に考えていたんだけどね。
あの時真面目に勉強していたら、
もうちょっと色んな選択肢があったんじゃないかなとも思います。
藻奈美として生きていくことを決心した直子ですが、魂は36歳の主婦そのもの。
最初は行動や口調を小学生として振舞うことも一苦労。
けどだんだん幼い女の子から少女に、
そして一人の娘に成熟していく肉体を持たされた直子の心の揺れ。
夫をとても愛し、常に平介のことを考えているけど、
それを世間に出すことは決してできない。
高校生として恋愛をすることも許されない。
常に迷いながら生きていきます。
そしてそれを傍で見ている平介。
藻奈美として生きていくと決めた直子を
やはりどうしても娘だと思えない平介の心の葛藤。
再婚することも、女性を抱くこともできず、
娘の肉体を持った妻を抱くこともできない。
直子だけが自分の人生を新しく生きていくことに焦りと嫉妬を抱く平介。
2人の夫婦の心理的な変化や心の葛藤、
揺れが読者を惹きつけていきます。
また本のタイトルである「秘密」は、
このストーリーのあらゆるところに隠されています。
もちろん、一番大きな「秘密」は最後に分かるのですが、
直子がある大きな決断をしたことによって一生の秘密が出来るのです。
とても切なくやるせない決断ですが、
この決断はお互いがお互いの幸せを思って出した決断なのだと思います。
他にもあらゆるところに伏線が張られているので、
何度か読みなおしたくなる作品ですが、
事故を起こした梶原幸弘の過去に関する事実が
少しずつ明らかになっていき、
平介の生活と絡んでいくのも面白かったです。
そして東野圭吾の小説には、
社会に投げかけるメッセージが含まれていることが多いのですが、
今回は事故を起こした
加害者の親族と被害者のそれぞれの立場が描かれています。
被害者の立場になってみると、
当然事故の加害者もその親族も悪者になっちゃうんだけど、
残された加害者の親族も世間に非難されながら
罪を背負って生きていかなきゃいけないんだから、やるせないよね・・・。
人はどうしても一方的なものの見方しかできないんだけど、
見方を変えてみると一概に誰が悪いかなんていうことはできない。
東野圭吾の作品は、
クライマックスがもう一つの物語の始まりという感じを与えてくれます。
最後は読者にその後の未来を推測させるような終わり方だから、
読み終わった後にも余韻が抜けないんじゃないでしょうか。
この「秘密」も平介が秘密に気づいたところで終わっていますが、
その後2人は生涯どう過ごしていくんでしょうか。
結婚した藻奈美(直子)は、一生秘密をつき通すのでしょうか。
こうやって想像を膨らませることができるところに、
東野圭吾の作品の素晴らしさを感じます。