普信閣の鐘って??

Filed Under (鐘路(종로)) by Gatuchan on 07-09-2009

地下鉄1号線の鐘閣(チョンガク)駅を出ると、すぐに目に入ってくるこの建物。

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普信閣(보신각・ポシンカク)です。

日本語で言うと、鐘楼(しょうろう・しゅろう)または鐘つき堂、鐘楼堂ですね

この中の鐘は、国の宝物(国宝と重要文化財の中間に相当)第2号に指定されています。

こんな人通りの多い市の中心地に今だに大切に保存されている普信閣。
周りは全部現代的な高いビルが建っているのに、ここは昔の朝鮮時代にタイムスリップ
したような感じ

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ポシンカクのすぐ前には、大きな交差点があって、お昼はビジネスマン達が忙しそうに
信号を渡っている姿が見られますが、このポシンカクの周りだけは、なぜかひっそりしていて
街行く人々の様子を見守っている様子。

このポシンカク、残念ながら、普段は門が閉まっているので中に入ることはできません。

「普信閣」と聞いて、韓国人が思い浮かべるのは、
12月31日大晦日の夜。

日本で除夜の鐘にあたるのが、この「普信閣」。
日本では、108回鳴りますが、韓国では33回

昔、朝鮮時代は、朝と夕方の決まった時間に普信閣で鐘を鳴らしていたそうです。
そして、ソウルの四方を囲む城門はその鐘の音を合図として城門を開閉し、
門が閉められている時間は都の内外からの出入りを厳しく禁じていたそうです。
この鐘は、朝鮮時代の1468年に鋳造(ちゅうぞう)されましたが、
亀裂ができて突くことができなくなったため、
現在は国立中央博物館に置かれているそうです。

現在、普信閣にある鐘は1985年、韓国の国民の寄付金で鋳造された新しいものなのだそうです。

また、この普信閣の前は「3・1独立運動記念跡地」となっています。
1919年3月1日の独立万歳示威(デモ)運動の中心地になっていた場所です。

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3月1日は、1949年から「3・1節」という国民の祝日になり、この日には毎年
正午12時、独立万歳運動を主導していた民族代表33人を追悼するために、
打鐘(だしょう)行事が行われます。

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授業中学生達に「大晦日は何をしますか。」と聞くと、この「普信閣」まで
除夜の鐘を聞きに行ったことがある人はほとんどいません
ソウルでは、除夜の鐘が鳴るのはここだけなので、大晦日にはかなりの人が集中して
大混雑になるそう
生徒達に言わせると、こんな混雑したところで見るよりは、テレビで見ながら新年を迎える
のがよっぽどいいそうです。

私も韓国の大晦日は今まで2回経験したことがありますが、この「普信閣」には行ったことが
ありません。テレビで見ただけです。なんか、テレビで見ただけでもあまりの人の多さに
嫌気が差してしまう・・・広場事態も狭いので、一つの場所に多くの人が集中しすぎて怪我人が
出そうです。

日本でも、大晦日の夜から出掛けて行ったことありますが、どこもすごい人混みで、
新年なのに余計イライラしてしまいます。
大晦日は、やっぱり家でコタツに入りながらテレビを見てお酒を飲みながら新年を迎えるのが
一番かなぁ~なんて思っています

[普信閣へのアクセスはこちら↓]

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ジョンミョ(宗廟)(종묘)へ行ってきました①

Filed Under (鐘路(종로)) by Gatuchan on 31-08-2009

ソウル近郊へ住んでいながら行ったことがなかったんですが、

初めてジョンミョ(宗廟)(종묘)へ行ってきました。

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1995年ユネスコ世界文化遺産に登録された古宮(王宮)です。

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ここは、朝鮮時代の歴代王と王妃の位牌(いはい)が祀(まつ)ってあり、
祭祀(さいし)・제사を行う国家最高の「祠堂(しどう)・시당」です。

「いはい」や「さいし」、「しどう」という言葉は、あまり聞き慣れないかもしれませんが、
「いはい」というのは死者の俗名や戒名を記した木の札のこと。これが、「神主」にあたります。

「さいし」というのは神様や先祖をまつることやその祭り・祭典のことを言います。

「しどう」とは、祖先の霊をまつる所。寺院で、俗家の位牌をまとめて安置する「位牌堂」のこと。

昔の王様は、なぜ「宗廟」を建てたのでしょうか。

これは、儒教の先祖崇拝思想(조상 숭배 사상)から来ています。
儒教では、人が死ぬと精神(魂・혼)と肉体(魄・백)に分かれます。
そして、精神は天に帰り、肉体は地に帰ると考えられています。
それで、魂を祀る「祠堂」と、魄を祀る墓をそれぞれ造って先祖を崇拝したそうです。
特に、死んだ先祖の魂のこもった「位牌」を作って祭礼を行って、
子孫たちの精神的な支えとしたそうです。

この宗廟は、1395年、朝鮮王朝1代目の太祖(テジョ)・태조が「漢陽(ハニャン)・한양」を
新しい国の都と決めた後に建てました。
今日の宗廟は、文禄の役で焼失され、1608年に再建したもので、祀る神主が増えるに従って
何回か建物を増築して、現在の形になったようです。

今日は、一人だったのでたくさん写真を撮って帰ろうと思い、
デジカメ片手に鐘路3街から、はりきって歩いていったのですが・・・

宗廟の前にある宗廟市民公園。

す・・・すごい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
お年寄りばっかり~。

最初、今日はなんかある日なのかと思ったら、違う!
みんなベンチなどに腰かけて、なんかしてる・・・
囲碁と将棋。
他にも地べたでなんか討論している人もいれば、なんかお酒飲んでる人もいる・・・。

あとから調べると、ここはソウル市内でもっともお年寄りが集まる場所だそうです。
日本の巣鴨だな。

公園沿いの大通りは、こんな風に昼間から焼酎やマッコリを出している屋台があって、
ここに座ってたくさんのおじいさん達がお酒を飲んでいます。

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不思議なのは、おばあさんが全然いないことでした。
巣鴨は行ったことないけど、テレビで見る限りでは、おじいさん・おばあさんが仲良く
ミカン食べていたような気がする。
やっぱり、昔の人だから男女平等社会になる前の人達ばかりなんでしょうか。

韓国の道端にずらっと並んでいる屋台を見ると、韓国らしい大衆文化を感じることができますが、
こんなにもおじいさんがいるとさすがに圧倒されて怖い・・・。

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日本人なので、なんか悪口言われたら怖いと思って、さっさと宗廟正門へ。

正門に来ると、今度は日本人の団体客ばっかり。
若い男の子達4人がいたんだけど、絶対興味ないだろうなぁ・・・って感じの大学生グループだった。
いつも思うんだけど、こんなところで日本人に会うと変な感じ。
私は、何ジンだろうって思う(笑)

ここが正門・蒼葉門(チャンヨッムン)

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他の故宮と違うところは、色づかいがとてもシンプルで簡素だということです。
他の故宮は、普通「丹青」という模様(鮮やかな色を使って描いた模様)を使っていますが、
ここは赤と緑の2色だけ。

宗廟は、すべての建物は装飾と技巧を制約して単調に見えるように作られています。
これは尊厳で神聖な雰囲気を作り出すためにわざとそうしているそうです。

蒼葉門を入っていくと、まっすぐ長~く続いている3筋の道が出てきます。

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荒くてで平らな薄石(バッソッ・박삭)という石でつくられています。

この道は、「神路」と呼ばれ、祭礼の儀式のために作ったものだそうです。
ここは、先祖だけが通る道。

中央の道が左右の道よりも少し高くなっています。
この3つの道にはそれぞれ意味が込められています。

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最も高い真ん中の道を「神香路・ シンヒャンロ・신향로」と言います。ここは、魂霊が通る道。

東側を「御路・オロ・어로」。ここは、王が通る道。

西側を「世子路・セジャロ・세자로」といいます。ここは、王世子が通る道。

ここは、「通ってはいけません」という注意書きが置いてあります。

日本語でも。

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普通の通り道だと思って、うっかり通っちゃうところでしたよ・・・
危ない危ない。

そして、ここは池塘(ジダン・지당)と言われる池。

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宗廟には、3ヵ所あります。

四角形の池の真ん中には丸い島があります。
これは「天円地方(空は丸く、地は四角い)思想」をあらわします。

また、ほとんどの宮廷の池には、松の木(소나무)が植えられていますが、
ここにはイブキ(향나무)が植えられていることが特徴!

中池塘に蓮(はす)の花がなく、周辺にも花の咲く木が植えられていないのは、
祭礼空間という特徴からだそうです。

ここまでは、入口付近の様子を説明しました。
次は、正殿です。

続きは、②へGO!!

【ジョンミョへのアクセスはこちら↓】

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高宗即位40年慶祝記念碑

Filed Under (鐘路(종로)) by Gatuchan on 01-05-2009

この建物は、カンファムン4番出口、
世宗路(セジョンノ/세종로 )の交差点を出るとすぐ目に入ってくる、まるでお寺のような建造物。
キョボ文庫の周りに立っているのは何でしょう???

これは

 
高宗即位40年慶祝記念碑

韓国では

 

고종 즉위 40년 칭경 기념비전

 

 と呼ばれています。

この建物は、殿閣(전각)と周りに石碑(비석)があります。

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高宗(コジョン)

 

李氏朝鮮王朝第26代の王様。(1852~1919)

この記念碑は、高宗が王に即位してから40年に合わせ、
今日の国家元老会議のような「キロソ(기로소・耆老所)」に入所したことを記念して作られたものだそう。

※キロソ・正2品以上の老齢の文臣を礼遇するために設置された機関

また、この建物は、李氏朝鮮王朝が国名を大韓帝国と改め、
初めて皇帝の称号を使用したことを記念するために建てられたそうです。

このカンファムンの交差点はかなり大きく、人通りも激しいところですが、
こんな街中に昔の王様が即位したときの記念碑がいまだに残されているなんて不思議。
今は周りの建物とはマッチしていませんが、史跡として残されている貴重な文化財です。

【高宗即位40年慶祝記念碑への行き方はこちら】
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