チョルラド(전라도)女一人旅3日目~ナムォン②(남원)

Filed Under (ソウル以外観光, チョルラド(全羅道/전라도)) by Gatuchan on 02-10-2009

次に
「クァンハルルウォン(広寒楼苑)」というところを看板を見ながら目指していきました。

20分くらいしたら見えてくるかなと思ったんですが、

間違って普通の住宅に入ってしまいました。

すごく古くてただの団地なんですが、屋上の屋根の部分がお寺の屋根に似ていてちょっと変わっていました。

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そして、団地の中にこんな「チョンジャ」がありました。

ここで団地のみんなが集まってたぶん囲碁や将棋をするんでしょう。

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それからまた少し歩くと橋があり

「智異山(チリサン/지리산)」

見えてきました!!

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突然以前行った智異山が見えてきたのでびっくりしたんですが、智異山は韓国南部

全羅北道(チョルラプクド전라북도)、全羅南道(チョルラナムド전라남도)、

 慶尚南道(キョンサンナムド경상남도)

と3つの道にまたがりとても広範囲に渡っているんです。

この「南原(ナムォン)」は全羅南道(チョルラナムド전라남도)。

お天気が良かったので、智異山も峰までくっきり見えて綺麗でした。

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「蓼川(ヨチョン/요천)」という大きい川が流れていたんですが、この川沿いの道をゆっくり歩いていきました。

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 秋晴れで、心地よい風が吹いて来てとっても気持ちいい~

重い荷物を持って歩いていた疲れも忘れてしまうほどです!! 
 

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この橋は「春香橋」
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「蓼川(ヨチョン/요천)」は広い川だと思ったんですが「천(チョン)」です。

意味は「川」なんですが、少し狭い川です。

同じ「川」の意味で「강(カン)」という単語があります。「カン」のほうが広い川だそうです。

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この「蓼川(ヨチョン/요천)」は「동학농민혁명 유적지(東学農民革命遺跡地)」だそうです。

 

「東学農民革命」高校の歴史では私達は「甲牛農民戦争・東学党の乱」と習っていると思います。

1984年、朝鮮に起こった内乱ですが、関与者に東学の信者がいたので、このように呼ばれているそうですが、

内乱の主体は農民であって東学の信者ではありません。農民反乱です。

 

この「東学農民革命」は全羅北道井邑市(チョルラブクドジョンウプ市/전라북도정읍시)から起こり

全国に広がりました。

指導者は「全棒準(ジョン・ボンジュン/전 봉준)」将軍でした。

この全棒準と、もう一人「金開男(キム・ゲナム/김 개남)」という将軍が数万人の農民を率いて

南原(ナムォン/남원)を占領し、全羅左道(チョルラジャド/전라좌도)を統合しました。

 

閔氏政権(ミンシジョングォン/민씨정권)は、全国規模の農民反乱になったことに驚いて、

清軍に援護を要請しました。

侵攻の機会を狙っていた清軍は、すぐに軍の派遣を決め、日本軍もそれを見て続いて軍の派遣を決めました。

閔氏は、これを見て慌てて農民の提案を元に「全州和約」を農民と締結しますが、

この乱の処理をめぐって日本と清国の対立が激化し日清戦争に発展するのです。

今は当時の原型は残っておらず、すごく変わって平和な街になっていますが、

ここに当時たくさんの農民が集まって乱を起こしたんだと思うと不思議な感じです。

今は川の水も緩やかに流れていて、水はとても澄んでいています。

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この橋は「昇月橋」という橋です。親子が土手で仲よさそうに遊んでいる姿が仲睦まじそうな感じで思わずシャッターを押してしまいました。
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結局、バスを降りてから1時間くらい歩いてしまいました。

たぶん遠回りしてしまったんだと思います……

次は「クァンハルルウォン(広寒楼苑)」について紹介します!

ナムォン③に続く…

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